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創業者の想い
初代理事長 小山宗一郎
16歳で業界に入り、22歳で会社を立ち上げ
必死に働いてきました!
僕達が業界に入ったきっかけはただ何となく、お金を稼ぐためだったけど・・・
そして、お金の問題も、人の問題も痛い思いも沢山してきたけれど・・・
大切な社員や仲間にも巡り合えて・・・
今は、この業界、この仕事社員や仲間が大好きだし仲間たちと共に一歩一歩、未来へと歩んでいます!
そして・・・
業界が良くならなければ、自分の会社だけ良くなることはない!
職人に更なる生きがい・働き甲斐を!
職人に学ぶ場・成長できる環境を!
職人の地位向上を!
そんな想いで、建設業界活性化団体
一般社団法人建設職人甲子園を立ち上げました!
※どんな想いで建設職人甲子園を立ち上げたのか?
一つの理由は、自分の苦い経験によるものです。私は16歳でこの業界に入りましたが、それはバイト求人誌の中で1番稼げそうだったということが理由でした。その後、左官屋に誘われて、左官屋で働くことになり、もっと稼ぎたいと思って会社を作ったのが22歳のことです。
会社は大きくなったが、様々な問題が起こり、数年間、非常に悩んでいましたね。ある日、先輩に相談した際に『現場で働く人に光を当てろ。やり方ではなくあり方が大切なんだ』といわれて、あぁ自分が悪かったんだと気付いたんです。
私は『稼げない奴はいらない』と社員を駒のように使い、人を人とも思わない経営者だったと。そして同時に『この会社で働いて良かった』と社員に思ってもらえる会社を作りたいと強烈に思いました。
『稼げそうだから』と成り行きで入ってくる若い人が多い。
そしてその人たちの夢は、もっと稼ぐために仕事を覚えて独立すること。
でもその人たちも独立しても、失敗する人が多い。
この連鎖では、業界全体が良いものになるはずがありません。人を雇う人間として、業界人として、自分自身も『あり方』を学ぼう。そして若い人にも技術だけでなく、『仕事へのあり方』も伝えていきたいと考えたことが、立ち上げの1つの理由です。
時代の流れ、人工知能にも淘汰されない職人を目指したい!
建設甲子園を立ち上げたもう一つの理由は、やはり時代の流れによる仕事自体の減少によるものです。左官屋も、壁やタイルを塗ったりしていたのが、今は家を作るのにも塗装まで工場でやって、仕上がったものを繋いでいくだけということも多い」と小山氏は説明する。
機械化や人工知能の浸透によって、7割の職種がなくなるかもしれないと言われているが、だからこそ職人は「技術だけでなく、何か+αの価値を持っていなければ」という考えに行き着いたという。
「価値創造。これを建設職人甲子園という環境に来た人、みんなで作り出していきたいと思っています。サービスを広げていくのか、人間力を鍛えていくのかなど方向性は自由ですが、技術+αの価値を共に作っていきたいと考えています。
建設職人甲子園 初代理事長 小山宗一郎
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